司法浪人時代「就職せずに司法浪人になり、一般的な道を大きく外れる」

そんな人生の絶頂だった大学時代でしたが、在学中に司法試験を合格することは出来ず、卒業後も就職せずに「司法浪人」することにしました。

 

4回生の時に、法律系国家資格である「行政書士」試験に独学一発合格していたこともあり、何も迷いもなく、司法浪人することを決めました。

 

しかし、この判断がその後の僕の人生における「大暗黒時代」への入り口となったのでした。

 

あまり家が裕福ではなかったため、司法試験予備校に通うことも出来ず、自宅で司法試験浪人をしたのですが、この「宅浪」が想像以上に辛かったのです。

 

大学時代は、「大学生」という身分がありましたが、「司法浪人」には身分がありません。いわば「無職」です。

 

そして、司法試験予備校に通うこともなく自宅で司法試験の勉強を継続することはとても辛く、自分のモチベーションを高く維持するには余りにも精神的に未熟でした。

 

司法浪人1年目(23歳)は、短答式試験で惨敗しました。

 

それでも、次こそはと思い、司法浪人2年目に突入しました。

 

その頃から、何も結果を出せない、身分もない自分にどんどん自信が持てなくなってしました。

 

大学を卒業して社会人となりバリバリと活躍している友人とはいつしか疎遠になり、息抜きに遊びにいく友達もどんどん減っていきました。

 

そして、その孤独感がどんどん自分をみじめにました。

 

そんなモチベーションで試験勉強を続けても、思うように結果を出すことが出来ず、司法浪人2年目の司法試験も短答式試験で惨敗しました。(24歳)

 

司法浪人3年目、「今回ダメだったら諦めよう」そう決めて臨んだ司法試験でした。

 

しかし、ちょうど司法制度改革の真っ最中で、法科大学院への移行時期で僕が受けていた現行司法試験は合格者数が激減し、難易度はとてつもなく高くなっていました。

 

結果、4回生のころから受験して通算4度目の司法試験も短答式試験で惨敗。(25歳)

 

「今回ダメだったら諦めよう」そう決めていたので、弁護士になるという夢はここであっけなく終わりました。

 

しかし、真の地獄はここからだったのです。

 

高校時代に夢を描き、大学時代も司法試験の合格を目指してずっと頑張ってきた自分にとって、「弁護士になって弱い人を守る」という夢は「生きがい」にして「人生の羅針盤」だったのです。

 

「新しい道を踏み出さないといけない!とにかく社会復帰をしないといけない!」そう頭では解っていましたが、どう一歩を踏み出せば良いのか、まったく分からない「人生の袋小路」に迷い込んでしまったのでした。