1社目時代「たった2人でベンチャー企業を起して歯科医療商社を創業する」

コンサルタントになるために、まずは新規開拓営業の経験を積む。

 

これを実現するために何をすればよいのか?インターネットビジネスのあるセミナーで出会い、その頃とても懇意にしていたOさんに相談しました。

 

すると、「今度、独立して会社を創ることにしたので、一緒にやらないか?俺が営業を教えてやる。お前は得意なネットで集客してくれ。」

 

このOさんという方は大手歯科医療機器メーカーでトップ営業だった人で、不思議な魅力のある人でした。

 

いきなり創業するということは考えていなかったのですが、「20代でベンチャーの創業経験を積むことができる」という魅力に取りつかれ、一緒に会社を興すことになりました。

 

初めての会社での勤務にはなりましたが、「共同創業者」という位置づけの為、給料は月10万円でとても苦しかったです。(当然福利厚生はなし。今思えば、アルバイトのような位置づけでした)

 

しかし、「新規開拓営業スキルを習得して結果を出すこと」それが成功するコンサルタントへの最短の道だとS先生に言われた言葉を信じて、ベンチャーの共同創業者になることに決めました。

 

営業主体の会社のため、オフィスは必要ありません。事務所代わりのマンションの1室を医療機器の展示スペース兼オフィスとして使用しました。

 

営業の足は、交通費を最大限削減するために、自転車を購入してもらいました。

 

そして、勤務初日 事務所の周辺の歯科医院の一覧をYAHOO!地図で印刷して、Oさんと一緒に1軒1軒飛び込み営業して回りました。

 

歯科医院に入った時の観察の仕方、受付への声のかけ方、チラシの使い方、院長が出てきてくれた時の話し方をやってみせてくれて、それを明日からは真似して一人で飛び込み営業ように言われました。

 

職場での教育訓練、いわゆるOJTは以上です。たった1日の営業同行でした。

 

次の日から半年間、毎日毎日自転車をこいで、歯科医院を1軒1軒回る地獄のような日々が始まりました。

 

「飛び込み営業」はリクルートの新人営業マンなどが最初に経験させられる修羅場として有名ですが、私の所属する会社は起業したての誰も名前を知らない会社です。「あ〜、リクルートさんね!もうそんな季節か!」とはなりません。

 

会社名を名乗っても誰も知らないので、会社名を紹介するタイミングを途中からは省略することも多くなりました。

 

雨の日も、風の日も、歯科医院が営業していれば、飛び込み営業に行きました。

 

しかし、全然 仕事がもらえません。

 

受付の人には「今、忙しいので。」とか「もう来ないでください。」と言われます。今思えば当然なのですが、とにかく飛び込み営業で結果を出すしかない僕にはひたすら飛び込み営業を仕掛けるしかなかったのです。

 

数日で、有名私大の法学部を卒業して、行政書士資格を持っており、インターネットビジネスでもスーパーアフィリエイターとして結果を出せた「出来る自分」のプライドはズタボロになりました。

 

その後、3か月ほど孤独な飛び込み営業をしました。全く仕事は獲れませんでした。ついに、僕にとって第1回目の限界突破の日が訪れました。

 

Oさんに「僕はこんなことをしたくて、この会社に入ったのではありません。コンサルタントになりたいんですよ!」と言いました。

 

そして、Oさんにコンサルタントと名乗っていいいと言われ、次の日から「コンサルタント」という肩書を書いた名刺を持って、歯科医院に飛び込み営業に行きました。

 

今思えば、怪しさ満点です。ノンアポで来る飛び込み営業の営業マンが「コンサルタント」を名乗っている。当然、仕事は獲れずしばらくして、コンサルタントの肩書は外しました。

 

ただ何度も何度も飛び込み営業を繰り返してくると、あることが見えてきました。「パターン」です。

 

歯科医院の外観、入った瞬間の印象、受付の対応から3つぐらいのパターンに分けられることに気付いたのです。

 

そのことが分かってから、飛び込み営業が愉しくなってきました。

 

新規案件が取れそうな確度が高い、医院を見つける、つまり、優良見込み客を見つけるために飛び込み営業を仕掛けることにしました。

 

ゲーム感覚ですね。この受付にはこのパターン。さぁ、院長が出てきたぞ。時間が限られているからチラシを手渡しして、この一言で刺す。そういった具合にゲーム感覚で飛び込み営業を愉しめるようになりました。

 

そして、秋の夕暮どきに飛び込んだM歯科医院で初めての受注をしました。

 

歯の治療に使うドリルのような医療機器「タービン」の修理のお仕事でした。

 

金額は数万円程度でしたが、社会人経験も営業経験も何もない自分がゼロからイチを生み出したことが、とても嬉しかったことを覚えています。

 

すぐにOさんに報告の電話をして、褒めてもらったことを覚えています。

 

最終的に、飛び込み営業を仕掛けた歯科医院は1500軒以上に上り、退職までに僕が飛び込み営業で開拓した歯科医院は60軒以上になりました。

 

100円儲けることがいかに難しいか、それを身を持って知った非常に貴重な時間でした。

 

松下幸之助が電球のソケットを持って、電気屋を1軒1軒飛び込み営業して、営業の本質を習得したというエピソードは有名ですが本当にそうだと思います。

 

企業の実績もブランドもない状況での飛び込み営業のしんどさは、多くの人が経験したことがないことでしょう。

 

しかし、何もないからこそ、自分だけの信頼で勝ち取った仕事はとても価値がありました。自分だけの信頼でつないだ顧客とのつながりの大切さも分かりました。

 

営業でも何でも仕事は「人と人とのつながり」つまり、信頼関係が基礎になります。

 

その信頼関係構築の極意をこの経験で手に入れることが出来ました。

 

一時黒字倒産の危機がありましたが、1期目で売上1億円を達成し(社員3名)、2期目には売上2億円(社員5名)を達成しました。

 

Oさんは今振り返っても、一流の営業マンでした。

 

大物華僑に弟子入りして会得した人心掌握術、NLPトレーナーとして修得した実践心理学に精通していた彼の営業は本当にすごかったです。

 

ただ、儲かれば何やってもいい、詐欺的なこともしかたない、営業トークに嘘を盛り込め、といった結果を出すことに特化した彼の経営スタイルは僕の思想と全く合わず、一生ついていく気はないと思っていました。

 

そして、自分の中で「僕は新規開拓営業で結果を出せる」という自信と実績が手に入ったら早くコンサルティング会社に転職しようと決めていました。
その時は、ちょうどその会社に入って2年目に訪れました。持っていた顧客を全てOさんに引き継いで、見込客リストを整理して、その会社を去りました。